うつろいし神々　第一巻,戦禍の奏者「エウレカ」,0

忘れられた神々（あるいは「うつろいし神々」、そして「黄昏の神々」）は、第三紀および第六紀の神々の戦争において〈柱〉に敵対した神々である。世界を揺るがした神々の戦争は、惑星の形さえ変え、〈永遠の盟約〉を生み出し、そして我が主イーヴァンを今の道へと導いた。

戦いの半分は敵を知ることにある。ゆえに主は、これらの神々、その教義と動機を記録するよう私に命じられた。彼らやその後継者がこの混乱の時代に再び現れないように。敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず。
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<b>ユフ</b>

かつて「啓蒙のユフ」と呼ばれたこの神は、今や人界にも神界にもほとんど記憶されていない。二度目の神々の戦争では〈柱〉に敵対したものの、直接の戦闘には加わらなかった。

ユフは第五紀および第六紀におけるイルヴァの一小国を守護し、信徒に以下を教えた。

* あらゆる事において完全を求めよ―どんな誤りも見過ごしてはならない。
* 互いの業を礎とし、個の限界を越えてゆけ。
* すべての存在から霊感を受け、自らと未来の世代に希望を持て。
* 争いを避けよ―たとえ正義のためであれ、暴力は魂を汚す。
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ユフの熱心な信徒たちは、この教えによって「啓発された」と称し、正当防衛であっても命を奪うことは罪であると主張した。


<b>妄想</b>

一見すると無害で善意に満ちた思想のように思えるが、深く掘り下げれば、その信念は極めて有害かつ陰険であることがわかる。

完全などというものは存在しない。我々は常に努力し、成長を続けなければ他者に遅れを取る。また、普遍的な完全などという概念もありえない。ある敵に有効な戦略が、別の敵には通用しないこともある。
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緩やかな成長は一見理にかなっているように見えるが、結局のところ現実的ではない。進歩の速度が遅すぎて、停滞と同義である。ユフの文明が一時的に成功したことを私は否定しない。だがそれは孤立と神の加護があったからに過ぎない。その庇護が失われた時、彼らはすぐに競争に敗れ、滅びた。

また、非暴力主義はイルヴァの現実からあまりにもかけ離れた妄想である。たとえ私が暴力と争いが心と魂を毒するという点に同意したとしても―主イーヴァンに従う私がそのように考えるはずもないが―介入しないことの方が、はるかに悲惨な結果を招く。それは平和ではない。悪に対して目を背ける偽善的な無作為である。
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一見高潔に聞こえるが、ユフの教えはあまりにも理想主義的で、現実に根差していない。我々が見るべき戦場の光景は、願望ではなく、正確かつ公平でなければならない。

皮肉なことに、二度目の神々の戦争で〈うつろいし神々〉側についたユフは、自らの教義の「言葉」には従いながらも、「精神」には背いたのである。

ゆえに、黄金の黎明を象徴していたこの神が、黄昏の神々のひと柱に数えられているのは、実に皮肉である。
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<b>注記</b>

この件についての情報収集は実に骨が折れた。ユフに関する記憶はほとんど失われ、狐族のみが断片的に覚えているが、彼らは詳細を語ろうとしない。調査を終えた今、私は確信している。狐族が保持する記録を除き、ユフの存在を示すあらゆる証拠は、イルヴァの幾時代にもわたって意図的に抹消されてきたのだ。

おそらく、〈柱〉によりユフの領域を剥奪され、家名を辱められぬ代償として、彼の兄弟姉妹がこの問題を「内々に処理する」ことを約束したのだろう。

また注目すべきは、ユフには一人の使徒がいたという点である。彼の娘であり、「九尾の天狐」と呼ばれた存在だ。彼女の消息は不明だが、今日まで姿を現していない以上、この使徒は狐族の手によって処理されたか、第六紀以降に起こった数多の大絶滅のいずれかにおいて失われたと見るほかない。
